僕が僕であるために

社会に関する硬いことからくだらないことまで気の赴くままに書き綴ります。

生きてる理由なんてないだけど死にたくもないこうして今日をやり過ごしてる 1

Mr.Childrenの「未来」である。(決してガーリィレコードの高井ではないので注意)

https://m.youtube.com/watch?reload=9&feature=youtu.be&v=YoDq9uPGVoc

このPVはじめ期間限定で多くのコンテンツが無料公開されているのでコンテンツジャーキーの私にとっては消費したいものが多すぎてコロナが流行る前よりも忙しくなっている。

そんな中、コメント欄に「未来というポジティブなタイトルに対し手放しの期待や達観、楽観の歌でないから好き」「未来というワードに崩れていく何かを感じる」といったコメントがあり100万回いいね!を押したい気持ちになった。自分の感情を自分以上にうまく表現している他人の言葉に出会えた時の感動というべきか爽快感というべきかとにかくポジティブな感情であることは間違いない。(友人がつい先日言葉の表現の不完全さについて私と似た考えの記事を書いていた)

 

世間は新型コロナウイルス(Covid-19)の話題でもちきりである。そんな中、家でできることとして周りに文章を書いている友人が増えたことや私自身もインプットだけでなく何かしらアウトプットをしようとここ3年以上考えていたのもありStay Home週間といういい機会なのでブログを再開することにした(その結果前回の記事から2年空いてしまうあたりが私の怠惰さ、行動力の低さ、タイムマネジメント力の低さなどを如実に表している。)。ちなみに某ユーチューバーのツイートからStay Homeは米国でよく使われること、Stay at Homeは英国でよく使われHomeという単語の成り立ちなどを学んだ。語学は苦手だが言葉の成り立ちや、異文化、言語学などは好きなのでいつかその方面の記事も書きたいと思う。

 

話を戻そう、今回の新型コロナにより日常の危うさ尊さを感じた人は私だけではないだろう。普段よりも人々がギスギスしているのはやはり命の危険があるからなのだと思う。当たり前だがやはり人間生きてる理由がなくとも"死にたくない"のだ。

なぜ、再開早々今までのテーマと違って授業終わりの夕食にしてはやや早過ぎてお腹が空ききっていない時間帯に無理矢理友達に連れられて食べる家系ラーメンより重そうなテーマかというと、私がこの数年で学生という身分から日本で言うところの"社会人"になり(人間一生学び続ける学生だと思うけどね)それまでと生活が変わり"未来"や"生きてる理由"について前より考えることが増え、このコロナ禍(最初このワードの意味がわからなかった)で思うことがいくつかあるからだ。また、卒論以来、日頃のゴミのようなツイートを除きまともな文章を書いてこなかったのでそのリバビリの意味もこめて何か適当なテーマがないか探していたという理由もある。

 

今の私はというとはっきりいって思っていたような"未来"に辿り着けてはいないし、話の半分以上が愚痴という非常によろしくない状況である(話聞いてくれたりする人ごめんなさい、ありがとう)。一方、世間が失業だ満員電車で出社だと騒いでいる中、私は現在在宅勤務だし仕事も減っていないのでひとまず経済的な心配もない相対的に恵まれている状態だ。それにもかかわらず私は"生きてる理由なんてないだけど死にたくもないこうして今日をやり過ごしてる"のである。

一言で言えば「働きたくないでござる」なのだがそれでは文章にならないし正確性に欠けるので最近の世間の情勢も含めて掘り下げていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポカリのCMって名曲だらけよね

ポカリだから名曲になるのか、名曲だからポカリなのか