僕が僕であるために

社会に関する硬いことからくだらないことまで気の赴くままに書き綴ります。

お前に地球を救えるか!~「もののけ姫」を劇場で見て~②

はじめに

前回の記事はこちら 

zitrone180830.hatenablog.com

 前回の記事では、もののけ姫の感想にはほとんど踏み込めず、劇場で映画館を見るということやVOD*1時代の映画館についてなどの話で終わってしまったため、今回を完結編として"もののけ姫"の感想を書こうと思う。

20年後の現代から『もののけ姫』を見て

 前回の記事でも触れたように、もののけ姫は23年前に上映された映画である。それが2020年令和2年に劇場で再上映され、数多の新作映画を凌いでTOHOシネマズ映画ランキング2位(※2020年7月19日現在https://www.tohotheater.jp/)を記録しているという事実だけでも作品の素晴らしさは伝わると思う。

 映画そのものの美しさやストーリーについては僕より感性が豊かで、映画に精通しており、文章力をもった多くの人が様々な媒体で感想を書いていると思うので、僕は僕なりのこの作品から感じたことや考えを中心に書いていこうと思う。

 まず、この映画の大きなテーマは環境(enviroment)開発(development)だと感じた。このワードを聞いて、この分野に明るい人は環境と開発に関するリオ宣言(Rio Declaration on Environment and Development)」*2を思い出したのではないだろうか? 詳しくない人も下記の動画の少女のスピーチを学校の授業などで見たことがあるのではないだろうか。


子どもたちの声に耳を傾けましょう -「国連環境開発会議」(地球サミット)におけるセヴァーン・スズキさん(カナダ)によるスピーチ(1992年6月、ブラジル、リオデジャネイロ)

この会議が1992年であり、もののけ姫の上映が1997年なので環境開発という問題が世界的に議論されはじめた時期と重なっている。

 一方、もののけ姫という作品の舞台は中世日本であり、同じくスタジオジブリの作品である『平成狸合戦ぽんぽこ*3のように現代社会にダイレクトに訴える作品ではない。だからこそ、環境開発というのは我々人類が文明を築いた瞬間からの永遠のテーマであることが伝わる。

 この記事のタイトルにしたように、見終わった後は、まるでモロに「お前に地球を救えるか!」と言われているような気分になる映画であった。

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「お前に地球を救えるか!」

 おおまかなあらすじはこちら

renote.jp

 僕の推測だが、この映画を見た人の多くは、"自然の豊かさ"だとか"偉大さ""神々しさ"などを再認識して、それらを大切だと思った人が多いのではないだろうか? 主人公のアシタカは自然と人間の共存を目指そうとしているように見えるし、ヒロイン?であるサンは完全に自然側(神々側)の人間である。

 一度はエボシ御前とジコ坊という人間側(文明側)によりシシ神(山の神)は討たれてしまうが、神殺しの代償は大きく山が枯れていき、最後はアシタカとサンによりシシ神の首は山に返され、山の自然がある程度戻るといった話になっていることからも、僕がそうであったように、アシタカやサンを応援する気持ちで見ていた人が多いと思う。もし、エボシ御前やジコ坊を応援していて「見つけ次第殺すぞ!!」とシシ神が討たれることを期待している人がいたら感想が気になるのでコメントが欲しい。

 多くの人が、アシタカ・サンの自然派*4だと仮定して話を進める。そこで、僕が強く感じたのは映画鑑賞者である我々の"矛盾""ダブルスタンダード"である。

 2020年の夏、日本でも九州を中心に大雨・洪水といった災害に見舞われている。そのニュースを刹那的に消費し悲しみ、同情はするも、地球温暖化や気候変動を引き起こしている僕たちの行動そのものには目を向けない矛盾と同じものを感じた。

 この映画を見た後に、環境や自然のことを考え何かしらの行動、アクションを起こした人は何人いるだろうか? それどころか、エコやSDGs*5と言ったり、行動する人を現実の見えていない夢想家だと嘲笑したりしてはいないだろうか?結局は上映が終わった瞬間、ジュースが入っていた使い捨て容器のプラスチックごみを何も思わずに捨ててしまう人が多いだろう。所詮、シシ神もサンも見たことなどないし、今見た作品の話はフィクションなんだと。

 しかし、環境開発という問題は現代社会においてもののけ姫の世界より深刻なことは事実であり、世界でも重要なトピックである。

  このツイートの動画に映っている1997年上映時にもののけ姫を見た多くの人たちが"自然の豊かさ"だとか"偉大さ""神々しさ"などを再認識し、大切だと思った結果が僕たちの生きている2020年なのだろうか?これほど熱狂したのに自然はその後の20年間で明らかに破壊されている。

 この映画で"自然の豊かさ"だとか"偉大さ""神々しさ"などを感じている際に、自分たちはアシタカやサン側だと勘違いしていないだろうか?この豊かな資本主義社会で生きその恩恵を享受している以上、僕たちはどれだけ綺麗な言葉を並べてもエボシ御前やジコ坊側なのである。待ち受けを美輪さん*6にしようともモロに「黙れ小僧!」と言われる側なのである。

 だからといって、エボシ御前やジコ坊が悪役かというとそうとは言い切れない。エボシ御前はタタラ場を作り金属を生産することで、女性たちやハンセン病患者の人々を豊かににしたし、より豊かさを求めた結果がシシ神殺しであった。ジコ坊にしても下記の記事のように彼なりの生き方がたまたまシシ神殺しにつながったというだけだ。(日本人のジコ坊の見方や書き方は日本バイアスがかかっているという面白い記事)

gendai.ismedia.jp

 

 明日からアシタカのような生活に戻ることはできないし、そういった考えはクメール・ルージュ期のカンボジア*7のような過激な思想につながる危険もはらむ。自然と人間の共存という問題に簡単で分かりやすい答えはない。だからこそ、古今東西,、環境開発というテーマに僕たちは苦闘しているのだろう。

 

もののけ姫』から現代の僕たちへ

 何度も自然派(サン・アシタカ)と人間派(エボシ御前・ジコ坊)といった二項対立のような書き方をしてきたが、この映画のポイントはアシタカを完全にサンの味方(自然派・神々派)に置かなかったことと、侍たちの存在だと思う。

 アシタカはエボシ御前達人間派に「そなた達の敵はシシ神ではない!」とのセリフを放っている。「自然を壊すな!」だとか「神々に手を出すな!」といったセリフではなく、侍という人間の敵がタタラ場のある村に攻め入っていいるのを見て、敵はシシ神といった自然ではなく人間であるとアシタカは伝えているのである。

 現代に置き換えても、人間同士の対立というのは小さい争いから、大きな戦争・紛争まで絶えない。そんな人間同士の争いに精を費やしている僕たち人間がシシ神を殺し、自然を制したところで"豊か"な暮らしを手に入れられるのだろうか?

 この作品は、環境開発というテーマに加え、自然や神々に手を出す前に、まずお前たち人間同士の問題をどうにかしろよといったメッセージも含んでいるように感じた。

 アシタカとサンがシシ神の首を山に返し、ある程度自然が回復するシーンで終わるそれなりにハッピーエンドな展開からは、人間の手でどうにか反省した態度、行動をとれば、自然は神は、それなりに微笑んでくれるというメッセージのようにも感じる。しかし、忘れてはいけないのはこれは1997年上映の映画であり、2020年も同じ悠長な受け止め方をすると神(自然)も元には戻ってくれないのかもしれない。

  結局、この映画をみて感想を書き、「自然は偉大だ!」たとか「環境が!」とか言って少し高尚な人種になれた気がしているうちは、もののけ姫の真のメッセージを受け取ったことにならないのだと自戒を込めて思う。

 僕たちは未来のためにも「共に、生きることはできる!」というアシタカの言葉を信じ、行動するしかない。

 

あとがき

 話の本筋とは、ずれるこの映画を見て感じたことを最後に書きたい。それは、教育の思わぬ効果だ。

 僕は、小学生時代国語の授業で『田中正造*8という作品を学び、校外学習では、栃木県にある足尾銅山の跡地に行ったこともある。そこで、一度ハゲてしまった山がもとに戻るにはいくら植林をしようとも、相当の年月がかかることを座学はもちろん実際に目にして学んだ。

 また、毎日のように帰りの会の時間に配られていたいろんなプリントの中にかつての日本のハンセン病患者の差別的待遇とハンセン病についてのプリントがあったことをこの映画を見て思い出した。

 どちらも、当時は将来役に立つとは思っていなかったし、そこまで深く考えてはいなかった。帰りの会に配られるプリントなんてほとんどの生徒が流し見でゴミ箱に捨ててしまうだろう。

 しかし、足尾銅山ハンセン病のことに小学生時代わずかではあるものの触れていたことは、この『もののけ姫』の見方に影響を与えた。この2つのことを全く知らずにこの作品を見ていたらエボシ御前の村にいる病人も、森が破壊されていく様も受け止め方が変わっていただろう。

 "有用さ""役に立つかどうか"がやたらと叫ばれる昨今だが、一見役に立たない教育学びも間違いなく人生や社会を豊かにするものだと改めて感じた。

 

 この記事についてでも、もののけ姫についてでも何か感想や意見、情報がある方はコメントお願いします。

 

 

Filmarksでも映画やドラマの感想書こうと思っています。

https://filmarks.com/users/gosto_de_cinema

*1:ビデオ・オン・デマンド (Video On Demand) の略称。NetflixAmazon primeなどの視聴者が観たい時に様々な映像コンテンツを視聴することができるサービスのこと。

*2:1992年ブラジルリオ・デ・ジャネイロで開催された環境と開発に関する国際連合会議(UNCED)において合意された27原則から成る宣言。UNCEDではこれを実践するための行動計画「アジェンダ21」の他、「森林原則声明」、2つの国際条約「気候変動枠組条約」「生物多様性条約」、併せて5つの文書が国際的に合意された。

*3:原作・監督・脚本は高畑勲1994年7月16日に公開された。開発が進む多摩ニュータウン多摩市)を舞台に、その一帯の化学ばけがくを駆使して人間に対し抵抗を試みる様子を描く作品。

*4:決して熱が出た赤ちゃんの頭にキャベツを乗っけるような方々の意味ではない。

*5:持続可能な開発目標(Sustainable Development Goalsの略)。2001年に策定されたミレニアム開発目標MDGs)の後継として,2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。

*6:10年ほど前携帯の待ち受けを美輪明宏の画像にすると幸せになれるという話が流行った。ゴールデンボンバーの『また君に番号を聞けなかった』の歌詞にもでてくる。

*7:カンボジア原始共産制という極端な思想をもとに、知識人や文化人を虐殺し、文明を否定し国民全員が農業に戻るといった政策をとった時期があった。

*8:日本の政治家。日本初の公害事件と言われる足尾鉱毒事件を明治天皇に直訴した政治家として有名